東京高等裁判所 昭和30年(う)3044号 判決
被告人 石井賢司
〔抄 録〕
次に論旨は原判決の認定した石井正子を竹村八重子方で女中として稼働させるというのは、正子を竹村方で単なる家事や雑務等の労働に従事させるのではなく、客をとる女として稼働させるもの即ち売淫を目的とするものであつて、かかる契約は公の秩序善良の風俗に反するのみならず、その女の人権を無視しその自由意思及び身体を拘束する、いわゆる奴隷的拘束を受けさせるもので、憲法第十八条前段にも違反するもので無効であり、従つてこれを条件として前借金名義で貸付けた金六千円については、不法な原因に基く給付であつて、竹村八重子は被告人にこれが返還を請求し得ないものであるから、詐欺罪の目的たる財物に包含されない。然るにこれを詐欺罪に問擬した原判決は法律の解釈及び適用を誤つたものであると主張する。よつて按ずるに本件金六千円の金員が所論の如く石井正子が竹村八重子方で、いわゆる客をとる女として稼働することを条件とし、その収入の中から返済する約束の下に交付されたものであること、従つてかかる稼働契約は公秩良俗に反し無効であると共に、右稼働を条件として前借名義で交付された金六千円についても、右稼働契約と密接に関連し互に不可分の関係があると認められるから、竹村は不法の原因のため給付したものとしてその返還を請求することができないことは所論の通りである。しかし法律が不法な原因のために給付したものの返還請求を禁止した理由は、これを認めることは、自ら不正の行為をした者が、その不正を理由として法の保護を受けようとするのを是認する結果となり、法律の目的に反するからである。然るに公秩良俗に反し法律上無効な法律行為であつても、これを欺罔手段として相手方を欺罔し、財物を交付せしめた場合は、不法手段による財産権の侵害であつて、社会の秩序を乱す犯罪行為であるから、右受交付者は詐欺罪の罪責を免れることはできない。即ち前者は民事上の不当利得返還請求権の問題であるが、後者は不法手段による財産権侵害行為即ち社会の秩序を乱す犯罪行為であつて両者は全く別個の問題であり、他人を欺罔し財物を騙取したときは直ちに詐欺罪が成立し、その被害者が後日その返還請求をなし得るや否やは何等右犯罪の成立に影響を及ぼすものではない。